新古今和歌集の部屋

新古今和歌集と源氏物語歌他です。gooよりの移動なのでgoo辞書等関連はリンク切れです。

尾張廼家苞 雑歌中8

尾張廼家苞 五之上
 
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後白河院栖霞寺におはしましけるに駒牽の引分
の使にてまゐりて    定家朝臣
さがの山千代の古道跡とめて又露わくるもち月の駒
詞書駒引の引わけの使の事、江次第公事根源などにみえ
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たり。諸國の牧よりも貢る馬を紫宸殿にて御覧ずる儀あり。これを、駒
   率と云。その多かる馬の中をわかちて院宮にも奉られ公卿にも給はる。
これを引分といふ。其院宮に御馬奉らるゝ使は、
近衛つかさ奉仕する事にて、これを引分の使と云。栖霞寺は、嵯峨
にあり。後撰に、さがの山みゆき絶にし芹川のちよの
ふる道跡はありけり。此歌をとれるにはあらず。されど千代の古道と
          いふ事、多くもみえぬ詞なれば、其出所にては有。三ノ句
は本歌の詞にてその昔の御幸の跡とめて也。例ノ字をあとゝ
                    よむ。あとゝめては、
逐例なり。おりゐのみかどの嵯峨におはしましゝは、嵯峨天皇、宇多天
皇なれば、天長延㐂の先例を以て、引分の使を進ぜらるゝといふ事也。
後撰なるは、野行幸の事也。仁和の野行幸の例とめて、今引分の使を進
ぜらるゝといふ注説は、あまりに事たがひたれど、常講ぜられぬ事にて、かゝる疎
漏もある也けり。すべて学者は、博物に
あらざれば、精細なる事をえがたし。  霞は道の縁にて、又時節にも
月にもよせあり。又露分るといへるは、さきにも此使に參り
しが、又といふやうに聞ゆれども、其意にはあらず。又は天長延
                           㐂の後、
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又此度露分
參ると也。三ノ句の事につきて、昔の跡をとめてかの仁和の事
                    をいはる也。
又今も嵯峨におはします故に參るよし也。一首の意は、先例
                   ある事なりとて、
此たび又さがの山の千代の古道の露
を分て、望月の駒をひかせて參ると也。
最勝四天王院の障子に布引瀧かきたる所
            有家朝臣
久かたの天津をとめが夏ごろも雲井にさらす布引の瀧
さらすとは、日に曝す事。首夏の比、今よりきるべき夏ごろもを、山岳などに
持出てさらしたりしが、古の風俗なり。一首の意は、布引の瀧は、天女が、夏
衣を、大空にほしたるやうにみゆる
といふ義にて、いとやすらかなり。布引の瀧にはあらねど、何山姫
の布さらすらんとよめる山姫は仙女なれば、それをとりて、
天津をとめとはよめるが、以上む
            づかし。又さはらず。たゞ雲井に
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さらすといふにあはせたるのみにもあるべし。かくやすらかなる
                     が、いつもよろしき也。
夏ごろもといへるは、此障子の繪の歌、四季に分たる。これは
夏の部に入たるが故也。しからず。山岳に持出て、さらしゝ事は、夏衣にか
           ぎりし風俗なり。然れば夏の字ちから有。
又撫ともいひかけたるが、天女のいはほを衣して撫といふ事の
あれば也。以上むづ
     かし。  もしそのいひかけならんにても、そはたゞ詞の縁
のみ也。又そのいひかけにはあらぬにもあるべし。さる
                       事也。雲ゐといへる
は、此瀧のいいと高きよしなり。此説いと
               よろし。
 
 
※後撰に、さがの山~
 後撰和歌集 雑一
 仁和のみかと嵯峨の御時の例に
 てせり河に行幸したまひける日
                    在原行平朝臣
嵯峨の山みゆきたえにしせり河の千世のふるみちあとは有りけり