2017-05-01から1ヶ月間の記事一覧
西行の井戸は枯れても 梅雨の入り 御池室町通東
崇福寺跡 (1)弁天道道添ルート 弁天道の燈籠を真っ直ぐ行くと比叡山無動寺弁天堂に行き着くはずである。 第二の砂防ダムを過ぎて,小川添いの山道を歩く。 付近には、鹿が多くいるらしく、2頭見かけた。 途中道が二股に別れているが、右を行くと比叡山ド…
崇福寺跡 古代の志賀越道が、今の志賀峠を通っていなかったとしたら、どんな事が考えられるだろう。 ① 今の志賀峠道の通称七曲はもっと緩やかな坂だったが、道が土砂崩れにより崩落し道が狭くなった。 ② 古代の志賀越道が、崩落し寸断された為に、ルート変更…
新古今和歌集巻第十 羇旅歌 関戸の院といふ所にて羇中見月といふ心を 大江嘉言 草枕ほどぞ 経にける みやこ出でて 幾夜か旅の 月に 寝ぬらむ 読み: くさまくらほどぞへにけるみやこいでていくよかたびのつきにねぬらむ 大阪府三島郡島本町山崎
新古今和歌集巻第十一 恋歌一 百首歌奉りし時よめる 前大僧正慈円 わが恋は 松を 時雨の 染めかねて 真葛が 原に 風さわぐなり 読み:わがこいはまつをしぐれにそめかねてまくずがはらにかぜさわぐなり 正治二年後鳥羽院初度百首歌 東山知恩院
後徳大寺左大臣 さめて後夢なりけ りと思ふにも あふはなごりのおし くやはあらぬ 新古今和歌集巻第十二 恋歌二 かたらひ侍りける女の夢に見えて侍りければ 後徳大寺左大臣 読み: さめてのちゆめなりけりとおもふにもあふはなこりのをしくやはあらぬ 21 x 1…
壬生忠見 恋すてふ我名は まだき立にけり ひとしれずこそ 思ひそめしか 拾遺集巻第十一 恋一 天暦御時歌合 壬生忠見 こひすてふわが名はまだき立ちにけり人しれずこそ思ひそめしか 俊成三十六歌仙 18 x 17 cm 平成29年5月 24日 五枚肆點貮
中納言朝忠 あふことのたえてし なくは中/\に 人を身をも うらみざらまし 拾遺集 巻第十一 恋歌一 天暦御時歌合に 中納言朝忠 あふ事のたえてしなくは中中に人をも身をも怨みさらまし 公任三十六人撰 俊成三十六歌仙 読み: あふことのたえてしなくばなか…
漁村夕照呼童買酒大 家酔臥看西風舞荻花瀟湘八景 玉澗作 漁村夕照薄暮沙汀惑亂鴉 薄暮沙汀乱鴉或(むら)がる。江南江北鬧魚蝦 江南江北魚蝦鬧(いそが)はし。呼童買酒大家酔 童を呼んで酒を買うて大家酔ふ。臥看西風舞荻花 臥して看る西風の荻花を舞はすこ…
斎宮女御ことのねに みねの松風 かよふらし いづれの をより しらべ そめ けむ 拾遺集 巻第八 雑歌上 野の宮に斎宮の庚申し侍りけるに 松風入夜琴といふ題をよみ侍りける 斎宮女御琴の音に峯の松風通ふらしいづれの緒より調べそめけむ読み:ことのねにみねの…
精解國語漢文叢書 新古今和歌集 著者:光學館編輯部編 初版:昭和15年9月10日 発行:光學館 新古今和歌集を200首選び、四季部を簡単に、恋部を詳細に解説。
崇福寺跡 前述の嵯峨天皇の行幸について、日本後記弘仁六年四月十二日の条には、 近江國滋賀韓崎に幸す。便ち崇福寺を過ぐ。大僧都永忠護命法師等衆僧を率い門外に迎え奉る。【皇帝輿を降り】堂に昇り佛を禮す。更らに梵釋寺を過ぐ。【輿を停めて】詩を賦す…
崇福寺跡 今昔物語 巻第十一 天智天皇建志賀寺語 第二十九 今昔、天智天皇、近江ノ国、志賀郡、粟津ノ宮ニ御マシケル時ニ、寺ヲ起テムト云フ願有テ、「寺ノ所ヲ示シ給ヘ」ト祈リ願ヒ給ヒケル夜ノ夢ニ、僧來テ告テ云ク、 「此戌亥ノ方ニ勝タル所有リ。速ニ出…
崇福寺跡 志賀峠のトンネルを越えると、左手に細い道、通称七曲が見えて来る。 道はかなり細く、急な坂で人一人がやっと通れる程である。 最後は将に崖を降りる。 そしてやや急な坂を下ると林道として残っている。 途中小さな石仏が有る。 更に下ると、馬頭…
源氏物語 浮舟 いとはかなげなるものと、明け暮れ見出だす小さき舟に乗りたまひて、さし渡りたまふほど、遥かならむ岸にしも漕ぎ離れたらむやうに心細くおぼえて、つとつきて抱かれたるも、 いとらうたしと思す。 有明の月澄み昇りて、水の面も曇りなきに、 …
芭蕉 ほととぎす大竹やぶをもる月夜 去来 柿ぬしやこずゑはちかきあらし山 嵯峨日記 元禄四年四月二十日 拙句 よく見ては蚊にもくはれん藪のなか
新古今和歌集巻第十八 雑歌下 例ならぬこと侍りけるに無動寺にて 読み侍りける 前大僧正慈円 頼み来しわが古寺の苔の 下に いつしか朽ちむ 名こそ惜し けれ読み:たのみこしわがふるでらのこけのしたにいつしかくちむなこそおしけれ比叡山無動寺
雪月花 絶唱交響 良經・家隆・定家名作選 著者:塚本邦雄 発行:讀賣新聞社 初版:昭和51年3月10日 題は、良経の 春の花秋の月にも残りける心のはては雪の夕暮(十題百首) による。 塚本邦雄氏の嗜好により三人の歌を選び、それにイメージする詩を記載。 …
「地震で沈んだ湖底の村 琵琶湖湖底遺跡を科学する」(林博通他、サンライズ出版)によると、滋賀県高島市の湖底には、三ツ矢千軒遺跡と言う湖底遺跡が有る。 そこには、石仏や五輪塔が沈んでおり、近くから出土した土師器皿は12~13世紀で、近隣には立…
崇福寺跡 北白河の入口には、北白河天神宮、乘願院が里の境を守っている。 北白河天神宮は、延喜以前より天使大明神と唱え、少彦名命が祀られていた。北白河久保田町にあった物を八代将軍義政公が文明年間、東山山荘造営に際し、今の千古山明神の森に遷座し…
3 撰者名注記と隠岐本合点 新古今和歌集の写本には、一二三四や衛有定隆雅やその偏の記号が記載されているものが有る。これは、「撰者名注記」と呼ばれ、元久二年三月までに各撰者が、この歌を撰んだと言う印で、武田祐吉等は藤原定家筆本に記載されていた…
日本書蹟大鑑 小松茂美著 講談社 拾點伍 第十四 後陽成天皇 今出川晴季 鉄山宗鈍 中山慶親 山内一豊夫人 島津義弘 本阿弥光徳 藤原惺窩 冷泉為満 直江兼続 二条昭実 邦房親王 織田頼長 常胤法親王 山科言緒 鷹司信尚 富小路秀直 文英清韓 織田有楽 支倉常長 …
鴨長明は、最初に大原に隠棲したと有る。 大原の手前の場合、惟喬親王が隠棲した小野と言う地名になる。 これは、伊勢物語の「雪踏み分けて君を見むとは」で有名だ。 又、源氏物語夕霧にも落葉宮の母の御息所の山荘が有ったとある。 長明が、小野ではなく大…
栗岡三位殿奥方御筆 君ならでだれかは みせむ梅のはな 色をもかをも しる人ぞしる 正親町実徳卿御筆 寂蓮法師 さびしさはその色 としもなかりけり 槙たつ山の秋の ゆふ暮 古今和歌集巻第一 春歌上 むめの花ををりて人におくりける とものり 君ならて誰にか見…
これを部類別に見ると、 春歌上 二首 春歌下 ナシ 夏歌 六首 秋歌上 六首 秋歌下 七首 冬歌 八首 賀歌 ナシ 哀傷歌 七首 離別歌 ナシ 羇旅歌 三首 恋歌一 一首 恋歌二 ナシ 恋歌三 一首 恋歌四 四首 恋歌五 一首 雑歌上 七首 雑歌中 七首 雑歌下 十六首 神祇…
忍戀 式子内親王 忘ては打なげかるゝゆふべかな 我のみしりてすぐる月日を 我戀は知人もなしせく床の 涙もらすなつげのをまくら 忍戀 摂政太政大臣 もらすなよ雲ゐる嶺の初しぐれ 木の葉は下に色替るとも 新古今和歌集巻第十一 恋歌一 百首歌の中に忍恋を 式…
心あてにおら ばやおらむ 初霜 を の き まどはせる しら菊の花 古今和歌集巻第五 秋歌下 白菊の花をよめる 凡河内躬恒 心あてに折らばや折らむ初霜の置き惑はせる白菊の花 裏面反転 子∥曰道其不行矣夫 〈夫音扶〉由不 明故不行 右第五章 此章承上章而舉其不…
2 新古今和歌集の慈円 新古今和歌集には、西行に次いで九十二首の慈円の歌が撰ばれている。 主な撰歌資料を見ると、 ・建久五年 南海漁夫北山樵客歌合 九首 ・建久四年 六百番歌合 八首 ・建仁元年 老若五十首歌合 七首 ・文治四年 楚忽第一百首 四首 ・正…
新古今和歌集巻第二 春歌下 天暦四年三月十四日藤壺にわたらせ給ひて 花をおしませ給ひけるに 天暦御歌 円居して見れどもあかぬ藤浪のたたまく惜しき今日にもある哉 読み:まといしてみれどもあかぬふじなみのたたまおしききょうにもあるかな