
發心集第六 鴨長明撰
證空替師命事
中來三井寺に智興内供と云て、たうとき人有けり。
年たかく成ていかなる宿業にてか世の中こゝちをし
て限に成ければ、弟子ども集りて泣かなしむ時、清明と
云て神如なる陰陽師有けり。是を見て云やう此度は
かぎりある定業なり。いかにも叶ふべからず。其にとりて志
深からん弟子なんどの替らんと思へるあらば祭り奉り
てん。其外にはいかにも/\力及ずとなん云ける。をほくの弟
子どもさしつどへる程に、此事を聞て内供はくるしみの

たへがたきまゝに、若かはる人やあると並び居たる弟子ども
を次第に見まはせど言にこそいへど、誠には捨てがたき命
なれば各色をつくりてふし目に成つゝ、獨として我かは
らんと思へる氣色なし。其時證空阿闍梨と云人年
若くて弟子の中に有けり。弟子にとりては末の人な
れば、誰も思よらぬ程に、進て内供に申樣我かはり奉
らんとなり。其故は法をろもくし命をかろくするは師に
つかふる習也。いかで此事を聞ながら身命を惜ん。
いたづらに捨べき身を今三世の諸佛に奉りて人界
のおもひでにせん。更にいたまれからず。但年八十なる母

今に侍り。我より外に子なし。若ゆるされを蒙らずば、みづ
から身を捨るのみあらず。つらりが命つきぬべし。能々こ
とはりを申きかせて暇を乞て歸りまいらんと云て座
を立ぬ。内供を初これを聞人々涙をながして哀む事限
なし。母のもとに至りて此由をかたる。願わくは歎給ふ事な
かれ。たとひ本意の如く御跡に殘て後世を訪たてまつ
るとも、かく程の大なる功德をつくらん事きはめて難し。
今師の恩をおもくして命にかはりなば、三世の諸佛もあ
はれみ天衆地類も驚き給ふべし。其功德をかさねて母
の後世菩提に廻向し奉らん。是まことの孝養ならば則

あやしき身一つ捨て、ふたりの恩にむくひてん。況やまた老
少不定のさかひなり。若いただうらに命つきて御さきに
たつ事も侍ば其ノ時くやみて何かせん。何事をや此世の
思出にせんと泣々云を聞つゝ涙をながし驚き悲むも
ことはり也。わか愚なる心には功德の多くならん事をも思
はず。君いとけなかりし折は我にはぐゞまれき。我年たけよ
はひかたぶきては君を憑む事天地の如し。のこりの命け
ふ明日ともしらぬ時にいたりて、我を捨て心とさきだ
たむ事こそいと悲けれど、其志ふかき事を思ふに、師
の命にかはりなば君が後世にをゐては不可疑もし此事

をゆるさずは佛もをろかにおぼしめし君が心にもたがひなん。
やく君が心なり。とく浄土に生れて我をすくひ給へよと
いふ。涙を押へていひければ、證空なく/\悦て歸ぬ。やが
て年名乗かきつけて清明がもとへやりこよひ祈りか
へ奉るべき由云り。かくて夜やう/\ふけ行程に此ノ證空
かしら痛み心地あしく身ほとをりて堪がたく覺へけれ
ば我房に行てみぐるしかるべき文など取したゝめつゝ、
年來もち奉りける繪像の不動尊に向ひ奉りて申
やう我年わかく身さかりなれば命惜からざるにあらねど

師の恩の深き事を思ふによりて今すでに彼命にか
はりなんとす。つとめすくなければ、後世きはめてをそろ
し。願は明王あはれみを垂て悪道にをとし給ふな。病苦
すでに身をせめて一時もたへしのぶべからず。本尊を拝み
奉らん事只今ばかり也と泣々申ス。その時繪像の佛眼
より血の涙をながし汝は師はかはる。我は汝にかはらんとの
給ふ御聲ほねにとをり肝にしむ。かなゐしと掌を合て
念じ居たる間に汗ながれする身さめて、すなはち心地さは
やかになりにけり。内供も其日より心地をこたりにければ、
此事をきゝて愚かに思はんやは。後には人にすぐれて相た

のみたる弟子にてなむありける。彼本尊はつたはりて
後白河院にをはしましけり。常住院の泣不動と申は
是也。御目より涙をながしたる形ちげにさやかに見へ給
給へるを餘慶僧正の祈りなをし給ヒたりけるとて、法
器のものなりとて、聖の奉られたりける小童なり。
※今昔物語巻十九 安倍清明、泰山府君の祭祀を行う二十四、宝物集や曽我物語などに同話あり。
※智興 奥州出身で、蓮昭の弟子。延喜十四年生まれ。
※證空阿闍梨 智興の弟子。常住院の始祖。
